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種々雑感

2022年11月11日 (金)

『落葉ふみふみ』 ~ 六義園

 

やっと秋晴れが続いている。 6年前にトルコから帰国した友人と東洋文庫六義園へ。暑い暑いと言っていたのはついこの間だった。木々はすっかり紅葉。 茶店でお抹茶などをいただきながら、トルコ話などに花を咲かせて・・・会える時に会おう! と言うことに。

 

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さすがに手入れの行き届いた庭園は、当たり前だけれど、我庭とは違う・・。

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根が張って生命力あふれる。

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ここからのこの橋の眺めが好きである。物語が生まれそうな雰囲気。橋の名前が覚えられない。

 

 

2022年11月 4日 (金)

『散骨』 ~ 東京湾

 5月に亡くなった二人の老姉の一人の生前の希望は散骨だった。喪主の息子もそれを尊重し、秋晴れの日曜日。4人の孫と二人のひ孫に見守れながら、東京湾へ。

 

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この小さな舟に9人が乗り込んだ。かなり揺れた。

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船内には水と清め酒と花。そして粉末にされ、まるで落雁のお菓子のように、人数分に分けられた遺骨があった。すべては業者が滞りなくやってくれた。 

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左手にデイズニーランドが見えた。

 

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舟を止め、散骨へ。手にした遺骨はずっしりと重く、海の底へ静かに沈んでいった。そのあと、花びらをまいた。

 

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花びらがくるくる回って美しい! 孫たちは「おばあちゃんのお墓は東京湾だね」と言っていた。

全行程一時間半。こんな風に、姉の人生の幕が引かれた。 そして、自分もあやかろうと心に決めた。 人間の最後の葬られ方にはいろいろあるけれど、スッキリと爽やかであった。昨今巷では「墓仕舞い」なる話題が多くなった。因みに今月の散骨式は10組だったとか・・・。(業者は他にもあるので、散骨者はもっと多い筈)

 

爽やかや散骨の白消して波  本杉泰寿

2022年6月 2日 (木)

『わがオナラ』 ~ 孫との対話

かなり孫愛の強い友人(男性)からメールが来ました。一人で読むにはもったいないので掲載することに。

わがマゴじゃなくても、かわいいですね。こんなご時世に、どんな大人に成長するのか楽しみ。子供は実にオモシロイ動物ですね。昔は誰でもこどもだったのに・・・。

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火曜と土曜は孫と2人で過ごすのですが、先週の土曜日のことです。

ソファーに座って一緒にテレビを見ていました。ちょうど自由が丘の街を紹介していました。すると、”が”の使い方に違和感があったのでしょうか。孫が

「”自由が丘”って変」と言うので、説明しました。

「”が”の意味は、”〜の”っていう意味で、自由が丘は”自由の丘”だよ。ここは”光が丘”だろ? だから”光の丘”っていうことで、光あふれる団地という意味を込めてるんだね」

あまり反応がないので、さらに説明。

「”が”の意で、さらに説明。

「”わが国”っていう言葉知ってるだろ?」

「うん」と孫。

「”わが”の”わ”は、昔の言葉で”わたし”という意味だ」

「ふーん」と孫。

「だから”わが国”は、”わたしの国”という意味になる」というと、頷いているので一安心。

すると次の瞬間、孫がいきなりソファーに立ち上がったんですね。そしてやおら尻を僕に突き出してプッとやった後、僕の顔を覗きながら「わがおなら」と言ったのです。おかしかったですねえ。思わず孫の尻を叩いて大笑いしながら、彼女の成長をつくづく実感したことでした。

 

 

2022年5月 8日 (日)

「トルコブルー」 と 「レモンイェロー」

今年も、我庭には金雀枝が満開。この黄色は元気をくれるような気がする。

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20センチほどの小さな苗が大きな鉢に植え替えたら・・・・・地中海の花に変身。

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最近気になるこの二色。(京都の絵具屋さん製造のマニキュア)

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塗ってみました!指がウクライナに。 STOP THE WAR

2022年5月 5日 (木)

こいのぼりの泳ぐ場所

鯉のぼりが消えて久しい。甍の海もないから泳ぐ場所がないのだろう・・・。

何処で泳いでいるのだろう・・・・

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こんなところで、泳いでいました。鉄骨鉄筋の屋内で泳ぐ令和の鯉幟。

2022年1月26日 (水)

常夏の花が咲いている

不要不急の外出は自主的にご遠慮してください!とのことで人流も少ないのかもしれない。。美容院へ行くのに電車に乗った。マスク着用率は100パーセント! 見えない敵に打ち勝つのは大変、手洗いとうがいと靴底の消毒と・・・。

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夏場は外で咲いていたハワイの花が室内で咲き誇っている。 トルコではなぜかこの花を「日本の薔薇」と呼んでいる。オックスフォードの辞書には『ツバキ』の事だと書いてあるそうな。

今年は東京も霜が降りたらしく、花壇のノボタンなどの草木が枯れてしまった。今年は冷夏かもしれないと言っている人も居る。コメ余りが続いたけれど、1993年のごとく、またタイ米をたべることになるかも。それでも食べられればいい。

 

 

2021年12月25日 (土)

『クリスマス』

我が家にはサンタも来ないけれど、今日は恒例のクリスマス。 キリスト教の欧米では家族集合で食事をし、プレゼントを交換するらしい。なので、一人ボッチは寂しいらしい。 日本のお正月と同じかな??

もう、半世紀前、ユダヤ人の友人から、オランダの実家でのクリスマスの招待を受けたことがある、行けなかったことが悔やまれる。おそらく、ヘブライ語のお祈りやら、特別なクリスマスメニューを堪能できたことだろう。 そしたら、もっとクリスマスに反応できただろうと、今さらながら思うのである。

そうだ、近所の友人とケーキを食べることになっていた! 昨日、頑張って買ってきた「ショートケーキ」がある。

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GAIAのカレンダー: 最後のページ

 

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オペラシテイのコンサートホール

 

 

2021年12月20日 (月)

『年の瀬』 ~ 喪のはがき 

毎年、今頃になると何通もの「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」というワンパターンの喪中ハガキを受け取る。 いつのころからの慣習なのか・・・結婚式の「花束贈呈」と同様に、いつの間にかセットになってしまったことなのかもしれない。怠惰な自分は母の時も、兄の時も無礼講で過ごしてきた。

最近は70才になりましたので、80才になりましたので、賀状お断りの紋切り型のはがきも届いたりする。もう付き合いをしたくない!と言われたようで、寂しい。

 

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いつも、素敵な年賀状を下さるNさんから、こんな素敵な喪中ハガキが届いた。お会いしたこともあるお母さまが亡くなられたとのこと。心が伝わってきて、感動。

最後に「年賀状のないお正月は寂しいので、いつもどおりお願いします」とある。前向きなNさんらしいと思った。

 

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            仙人草

 

2021年12月13日 (月)

『火事』

本日の昼、突然火災警報が鳴り響いた。 また、誤報か・・・と思いつつ、ドアを開けたら非常階段をお巡りさん数人が駆け上がっている。誤報じゃなかったと思いながら見ていると、まもなく消防車が次々とやって来た。 どうやら我マンション、どこが火元かわからない・・・火も煙も見えない。 住民が顔を出し始め、知人が8を手のひらで教えてくれた。 8階であることを悟った、自分の棟とは違うので、少し安心。エレベーターを使用するわけにもいかず寒いので自室待機。

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目撃者の話によれば、ベランダ側から、黒煙がもくもく出ていたらしい。火元の方が救急車で運ばれたらしい。

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しばらく、後始末の消防隊員の方々がざわついていた。 発火原因が何なのかわからないけれど、夜間でなくて本当に良かった。今日は本格的な冬の寒さ。地震も火事も恐ろしい。

これから、消防車と救急車が駆け回る季節。気を付けたい。

 

 

 

2021年12月 7日 (火)

『湯たんぽ』 ~ SDGs

幼い頃、まだ電気炬燵もなかった時代、母が入れてくれた湯たんぽが懐かしい。 陶製で栓はゴム。翌朝、温めの湯たんぽのお湯を洗面器に移して顔を洗った。東北の冬は雪が降ったし、しもやけにもなったり、今よりはかなり寒かったと思われる。 当時の主婦たちは洗濯機もなくて、子沢山で、家族の衣類をたらいで井戸の水で、洗濯していたのだから。あかぎれがもできただろう。

 

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先日、TVでどこかの料亭の床の間に李朝の湯たんぽを花器にして、秋の風情を出しているという映像が流れた。慌ててシャッターを切った。李朝と言えば、白磁ばかりじゃなくて黒磁もあるということを認識。 

イギリス人宅に泊まったときは、ヒーターが壊れているからと、ゴム製の湯たんぽにお目にかかった。 エジソンが電気を発明する以前は、各国問わず、こんな暖の取り方をしていたわけだ。

現在も、湯たんぽの温もりを愛用している。

 

 

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