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読書の時間

2017年6月16日 (金)

今、読んでいる 『本』

ズッ~ト気になっていた「本」を読んでいる。 若き日に「アンネの日記」を読んで以来、ナチスってナニ?ユダヤ人ってナニ? ヒトラーってどんなヒト?・・・という疑問がまだまだ解決されていない。

ナチス(国家社会主義ドイツ労働党)の聖典とまで言われた本書のページをめくってみたいという好奇心。 めくってみると、言葉そのものが難しくはないのだが、頭を整理しながら・・・メモを取りながら読んでみても、理解に苦しむ。 途中で嫌になって、コレハもう下巻には辿り着かないよな~という諦めがこみあげてくる。 

とにかく、マルクス主義とユダヤ人が大嫌い!もう、批判というより悪口の限りを述べている。人権侵害も甚だしい。 チョビ髭をはやし、手を振りかざしてがなり立てる演説に人民はなぜ夢中になり、ナチを太らせていったのだろうか・・・・。ヒトラーの真意を、多くの市民が見誤り、国民の運命を託した市民一人一人の責任なのだろう。

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翻訳者の平野一郎氏の解説によれば、本書は国事犯として収容されていた間に、協力者のモーリスとヘスに口述した。殆どが片腕となるヘスが筆記、校正はユダヤ新聞記者で神父のシュテンプレとナチ機関紙の記者ツエルニー。自らペンをもってしたためた書ではなかった。

アア・・・認知症が悪化しそう il||li _| ̄|○ il||li

2017年5月12日 (金)

フェンスの中の群生

最近、人並みに外科への通院が始まった。徒歩も運動のうちと一駅歩くことにした。途中、ガード下のフェンスの中にカワイイ黄色い花の塊が、まるで牢獄から手を出しているかのようだ。

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わが家の花壇にも見受けられる雑草=「かたばみ」の群、ぺんぺん草なら見過ごされるところだけれど、明視度の高い「黄」なればこそ、足を止めたくなるのだ。

2017年3月29日 (水)

イスタンブルが匂う ~ 『僕の違和感』 早川書房

著者のオルハン・パムクはノーベル文学賞受賞者、それゆえ日本でも翻訳本が手に入る唯一のトルコ文学者。 パムクは生粋のイスタンブルっ子で西洋の文化のなかで過ごしてきた。 本作品にはイスタンブルの街のメイン広場や路地に至るまで、イスタンブルの香り満載、馴染みの通りを地図でたどると観光とはまた違った「歩き方」ができる。

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時代背景は1950年代から2012年まで、主人公は地方から仕事を求めてイスタンブルへやってきた。父親とともに、一夜建ての家(Gece Kondu)に住みながら、ヨーグルトやボザの呼び売りをして糊口を凌ぐ。 いつの間にか巨大化していくイスタンブル。

旧ビザンチン帝国の文化と遊牧民文化が混合した街の喧騒と匂いが手に取るように感じられる。 イスタンブル愛好者にとってはたまらない一冊heart04

★訳者は新進気鋭の若手トルコ文学者:宮下遼氏

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ボザ: Boza

Boza_satici_3 雑穀(ブルグルと呼ばれる穀物、粟や大麦など)を発酵させたものから作られる不思議な飲料ボザはシナモンやヒヨコマメの粉で飾られる黄みがかった濃度の濃い飲物。甘いような酸っぱいような何とも表現しにくい味のするボザは冷たい飲料で冬の代表的な飲物とされています。ボザは単独で飲むものであり、決して食事時に飲まれる飲料ではない。

 
ボザジと呼ばれるボザを売り歩く人が寒い冬の夜、「ボ~~~~ザ~~~~」と独特の声を張り上げ、木の樽を肩から下げて昔ながらの商法で街を練り歩く。ボザだけを売るボザ店というものや小袋入りのインスタントボザもスーパーで販売されている。 (photo by JP-TR)

ゲジェコンドゥ(gecekondu): 一夜建ての家

他人の私有地や公有地に許可を得ないまま建てられた不法建築のトルコにおける総称。一夜にして建築したかのような非常に粗末なバラックを指すものであったが、現在では建築業者が施工した鉄筋コンクリート建ての建築物もごく普通に見られる。

2017年1月13日 (金)

『往復書簡』 ~ 初老の恋

作家の野上弥生子(1885~1985)と哲学者の田辺元(1885~1962)との書簡集(1950~1961)が2002年に岩波から刊行され、『老いらくの恋』と評判になった。

北軽井沢に夏場だけ逗留する野上と在住の田辺との手紙の往復は今ならメールとか電話で事足りるのであろうが、当時ならではの「文」だったのである。 二人とも伴侶は失っていたので「不倫」とかの安っぽいものではなくお互いに深く尊重・信頼し、単なる愛とか恋とかではなく、ハイデッカーやキルケゴール、ハイネ、リルケ、エックハルト等々が登場し、格調高い文章で綴られている。

北軽では徒歩10分足らずの住まいだったにも関わらず、連日のように手紙が届く(お手伝いさんが届けてくれたらしい)。 野上が在東京時には、一人暮らしの田辺を気遣って、福砂屋のカステラや空也最中、魚久の粕漬や果ては寒かろうと電気ストーブなども届ける。冬場はインクが凍ってストーブで溶かしてからという表現も当時の寒さを思い起こさせる。

二人はともに感性を磨き上げ価値観を共有し、各々の仕事に向きあう。最後まで「奥様」と「先生」という呼び名で礼儀正しい、まさに「純愛」ともいうべき関係に感動。 スタンダールの恋愛論の結晶作用がそのままになったかの如くである。

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1954.3.20: 野上から田辺へ

 
 Yjimage_2ビキニの島の死の灰のことにつき一筆いたします。あれは新聞などには出ておりませんが、どうも米の方で学術的に『計算のまちがい」があったらしいと申すのが素粒子の仲間の批評のようでございます。

今度の原子炉の設立のもんだいも多くの議論を生じておりますが、私は茂吉郎(弥生子の次男、物理学者)に申し聞かせました。あまり潔癖に拒絶して、もしアメリカの連中が雇われて実行にうつされるようになっては取り返しがつかないから、その点は用心すべきであると。素粒子の仲間もこの頃はそれも考えているふうでございます。

1956.03.30: 田辺から野上へ

Tanabe_5水爆についての色々のはなしを聴いたり、読んだりして居ますと、人間の将来に悲観的になります。日本の国会が原爆国際管理の決議をしたところで、日本民族そのものが国際的軽蔑をまねくような政治を改めることもできないありさまでは、決議も権威をもちますまい、首相の外遊など国辱のものでございましょう。とにかく毒をもって毒を制する意味で、疑獄追窮が内閣を早くつぶすことをきぼうせざるを得ませぬ。

シクラメン緑葉に映えて紅の色なづかしき君が押し花

1956.01.08: 野上から田辺へ

 その時の湯川さんの印象は、私どもの概念にある学者というもののタイプとは全然遠い感じで、いまに日本に原子力産業会社という風なものができたら、社長になれる、と帰って笑い話をいたしました。 

正力の下で、石川一郎などと仕事するのはいっそふさわしいかとさえ存じられます。中間子を見つけたって、人間が別に偉大になるわけでも進歩するわけでもございませんから、多くのそ期待をかける方が間違いかとも存じられます。

野上弥生子は田辺元没後、20年の年月を過ごすことになる。

実に不思議なことに、極右哲学者、埼玉大学名誉教授・NHK経営委員・日本会議代表委員の長谷川三千子氏は野上弥生子の実の孫娘なのである。DNAも孫の代になると希薄になるということだろうか???実は長谷川三千子という「人物」がどんな家庭環境だったのだろう・・・と調べてみてビックリだったのでした。


 

2016年11月 4日 (金)

ネコも読書

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読書週間なので、わが家のネコにも到着したばかりの本、 イスタンブルの友人の母上(児童文学者)Havva MUTLU さんの作品をを与えましたところ真剣に読んでいます。 トルコ生まれの猫なので、よく理解できるようです。イスタンブルが恋しいと涙ぐんでいます。 

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子ども向けの本と言っても、日本の子供向けに翻訳するのはかなり難しそう。主人公の二人の子供たちがイスタンブルパムッカレの名所旧跡を訪ねるという設定なので、まず、それらがどこにあるのかの説明から始めないと・・・・・(=^・^=)

おばさんにも難しそうですが、頑張って読みましょうheart04

2016年10月31日 (月)

ハロウイーンじゃなくて ~ 『読書週間』

読書週間という言葉すら、忘れてしまったけれど、巷は何やらオレンジ色というべきかカボチャ色というべきか、慌ただしいお祭りに、幼稚園まで惑わされているらしい。 他国の祭りを輸入するのもいいけれど、イワレも知らずにお菓子くれ!と家々のピンポンを鳴らす厚かましい子供もいるらしい。 我が家に来たら、すごい勢いで「説教」しちゃうかも ・・・。

実は、今、我が国は読書週間なのである。 神保町では古書祭りをやっていた。リュックを背負ったオジサンたちでワンサカ賑わっていたが、文字離れのご時勢になぜか、ホットする光景でもある。 日本にはまだまだマトモな人間たちが住んでいるのだと思い込むことができる。

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レトロ好みとしては、こんな本を読んでみた。 実際に本郷にあったホテル(下宿屋)。 東大生を見込んで、ハイカラな下宿屋を開業したハズが、当時の文士たちのたまり場になってしまったらしい。

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常連は竹久夢二、大杉栄、伊藤野枝、尾崎士郎、直木三十五、石川淳、宇野千代、坂口安吾、湯浅芳子、宮本百合子、広津和夫、三木清・・・・・と続く。

読み続けるうちに、当時の文士たちの身勝手な奔放さにはあきれ果てた。小説家という職業には、ことさらに厭らしさを覚え、まるでTVのワイドショーを見るがごときである。

2016年9月10日 (土)

ヘミングウエイ ~ 私的な部分へ

マッチョでタフネスのハードボイルド・リアリズムの作家。世界の文豪、ヘミングウェイ。外見的にには白鬚のサファリルックで、ワイルドな冒険家の大男、戦場を生き延び、酒と女と猫を愛し、友人にも恵まれて・・・・なのになぜ62歳で自ら命を絶ったのか?

R0018200_2                                           (1899 - 1961)

20代のころ、辞書を片手に原書で読んだ「武器よさらば」は読後はソフトカバーがヨレヨレイになっていた。 帝王切開がCaesarean operationであることを妙に納得した記憶がある。その後、30代には勤務先の仲間との読書会で「老人と海」を読んで以来作品に触れることもなく過ごしてしまった。ここに来て、彼の生き方に近づいてみたいという好奇心から2冊の本に触れてみた。

『ヘミングウェイの流儀』

写真は1921年、髭のない21歳のヘミングウェイ: 最初の妻、ハードリーと出会ったころ。仕立てたばかりの背広に靴も正統派の紐付きとあり、ヘミングウェイの「モノ」へのこだわりを覗くことができる。 帽子、ジャケット、靴、鞄、ベルト、ナイフ等々実用的で長く愛用できるものを愛し、カジュアルファッションのリーダーとも言えそうである。

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イタリアでの被弾、ロンドンでの交通事故、アフリカでの赤痢、二度の飛行機事故など不死身とも思える生命力と運を兼ね備え、しぶとく生き抜いた彼の幕切れは愛用の散弾銃で自分に向かって引き金を引くことだった。=1961年7月2日: 銃によるハラキリ

視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を駆使し、自らが体験し、並外れた観察力と記憶力でリアリズムを追及した文体を支えていた健康な肉体が崩れた。

自殺の要因としては飛行機事故の後遺症、暴飲暴食による持病、仕事の行き詰まり、重度の鬱病、そのための電気ショック治療の悪影響。盟友ゲーリー・クーパー病死のショック。そして遺伝性もあげられる。父、弟、妹、孫・・・近親者には驚くほど重い鬱病による自殺者が多い。 ノーベル賞受賞後は長期のスランプに陥ったとも、末期がんだったという話もある。 とにかく理由は本人でないとわからない。

『パパとキャパ』

パパはヘミングウェイの愛称、キャパは戦場写真家のロバート・キャパ(19139-1954)。  二人は1937年、内戦中のスペインで出会った。 自然体のヘミングウェイの何枚もの被写体を見れば、二人はかなり親しい間柄だったことがわかる。 共通の友人たちには、スタインベック、サリンジャー、フィッツジェラルド、クーパー、ピカソ、マチス・・・・・と一流どころが名を連ねる。 

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二人の恋愛観の相違: 酒と女と冒険を愛したけれど、4回も結婚をした几帳面なPAPAとは対照的に女優バーグマンからの熱愛も拒否し、結婚という形を取らなかったCAPAは日本からインドシナへ取材に向かい地雷を踏んで爆死。R0018213_2
                  有名な「ヘミングウェイのおしり」


訃報を聞いたヘミングウェイの声明文:

彼は良き友であり、偉大な、きわめて勇敢な写真家だった。 彼の運が尽きてしまったことは、すべての人々にとって、なによりキャパ自身にとって不運といっていいだろう。 彼はいつも生気にあふれていた。その彼が亡くなったと思うと1日が長く辛い、受け入れるには長い時間がかかるだろう。

★ 著者の山口淳氏(1960-2013)は遺されたモノから物語を紐解いてゆく

2016年3月 1日 (火)

トルコと日本を繋ぐ雑誌 ~ 『ことだま・イスタンブル』 

昨年3月、編者のエシンさんから「今度、日本語とトルコ語併用の雑誌を創ることになったのよ、名前は「言霊」・・・という話を聞いてから早1年。 どんな本が出来上がるのか楽しみにしていた。 そのどっしりと重い1冊が次のようなメッセージと共に届いた。エシンさん、やりましたね! 2015年のテーマ「はじまり」でスタートを切りました。年に1冊発行、両国の理解を深めるために、とっても嬉しいことです。heart02 

clipトルコで日本を、日本でトルコを語る 両国を愛する執筆陣による共同著作
トルコ...
と日本、日本とトルコを繋ぐ素晴らしい作品が完成いたしました。『ことだま・イスタンブル』の実現にご尽力を賜りました皆さまに深く感謝申し上げます。産声を上げた『ことだま・イスタンブル』が、伝説の不死鳥シムルグのように、時間と国境を越え、いつまでも飛び続けることを願ってやみません。clip

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言霊:

「言葉に宿る力」「言葉そのものが持つ力」という意味。日本では古代から、言葉には不思議な霊威が宿っていて、その力が働き、言葉通りの事象がもたらされていると信じられてきた。

イスタンブル:

魔力を持つ都市。現在に至るまで幾層にも重なり、積み上げられた歳月が、この都市には詰まっている。過去と現在が道行く人を惑わせ、その魅力の中に閉じ込めてしまう。見ることことができるこの都市の姿は、イスタンブルが許した部分だけ。 誰もが、自分の想像の中でイスタンブルを完成させる。だから、長い歴史の中、一つとして同じイスタンブルは存在し得ない。

ここに「はじまり」から、魔法の都市イスタンブルに、言霊が流れ込む・・・・・・。

                                         (本書最初のページから)

★ 残念ながら、国内書店の販売はしていない。 参照⇒ Love Turkey http://loveturkey.jp/all-post-art/

2016年2月 7日 (日)

『細雪』 トルコ語に翻訳 ~ NAZLI KAR

日本文学の代表作でもある谷崎純一郎の「細雪」が遂にトルコ語にも翻訳されました。 

トルコ語では「NAZLI  KAR」、 NAZLIという意味はわがままな、上品な、恥ずかしそうに、ゆっくり、繊細・・・・・・KARは雪。 ゆっくりゆっくり降る雪、三女の雪子のイメージなのだとか。

サイデステッカー氏の英訳は「The Makioka Sisters = 蒔岡姉妹」

翻訳は本当にデリケートな作業だと、思いながら映画などのタイトルはいつも原題がどんな意味なのか知りたくなります。 特に、細雪は昭和10年代の上方の滅び行く上流階級の日常生活や季節の行事など、日本の美が盛りだくさん登場する。 それを、どんなトルコ語に置き換え、読者はどんな想像力で理解するのでしょうか・・・・・。

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(しかしながら、この表紙の4姉妹の髪型と着物姿には時代錯誤を感じてしまう、時は江戸ではなく、昭和なのだから)

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本作品は戦時中に書き上げ、連載するも戦時下にはふさわしくないと評価され、掲載中止になったそうである。

今、改めてページをめくると「こいさん、頼むわ。」鏡の中で、廊下から後ろへ這入って来た妙子を見ると、自分でエリを塗りかけていた刷毛を渡して、其方を見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据えながら、「雪子ちゃん下で何してる」と幸子はきいた。ではじまる。

この日本語を何と整理して、表現したのだろうか?と手にするのがとっても楽しみ。

10468081_344479775708883_66649642_2                                photo by Esin Esen FaceBook

翻訳者のEsin ESENさん: 4姉妹の中で4番目の妙子が好きなそうです。 訪日経験はないのに、日本人以上にしとやかな方。 現在、トルコのボアズチ大学その他で教鞭をとっていらっしゃいます。すでに「紫式部日記」も翻訳され、今後ますますの活躍が期待されます。

2016年1月10日 (日)

『ジャスミンの残り香』 ~ 田原 牧 (集英社)

この書を読むキッカケは天木直人氏のつぎのようなブログを読んだからである。

clip11月16日の東京新聞が「9・11からパリ・テロへ」と題する社説を掲げた。

テロと憎悪と復讐の負の連鎖にならないよう、いまこそ世界は踏みとどまる時だ。14年前の9・11以降の世界は何をし、また何をしそこなってきたのか。

米欧は、ましてや日本は、どれほどイスラム世界を理解しているというのか。欧米で憎まれるテロは、世界を異にすれば聖戦と呼ばれる。 米国のアフガン、イラク戦争の膨大な犠牲者と、パリの無辜の犠牲者を並べて考えることもまた必要ではないか。大げさに言えば、世界史の中で私たちは試されているのだ、と。

すべての大手紙が、テロは許せない、対テロ戦争で国際連帯せよ、という社説を当たり前のように掲げるなかで、この東京新聞の社説はひとり異彩を放っている。 このような社説を書けるのは田原牧記者をおいて他にいない。

アラブの春を取材し、「ジャスミンの残り香」を書いた、東京新聞の中東専門記者だ。 彼の様な記者が一人でも日本にいる事に私は救いを見る。 clip

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著者は2014年アラブの春の中心地であったカイロのタハリール広場に立ち、『革命』は徒労だったのかを自ら問いかける。一言でいえば、実際に現場を知っているジャーナリストのまなざしが見える。(日本の中東情報は他国の情報を受けて発信する場合が多いと聞く)そして、日本の脱原発デモにも言及している。 あまりにも説得力のある言葉に脱帽。

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clip 旧原子力安全・保安院の職員にせよ、東京電力社員にせよ、私が取材で会ってきた人々の大半はまじめで善意の市民たちである彼らの多くは日々の糧のために、国策や原子力ムラに服従しているだけだ。

しかし、その姿勢が結果的には、犯罪的なシステムを支えている善意の個々人は無責任な加害者でもあるのだ。 その姿はハンナ・アーレントが「悪の凡庸さ」と評したホロコーストの下手人、アドルフ・アイヒマンの心情と本質的には変わらない。

そのまじめで善意ある人びとの凡庸さこそが、福島での未曾有の事故を招いた。

個人の主観がどうであれ、社会に責任のない人間などいない、原発を支えている最大の力が多数派の「長いモノには巻かれろ」と言う無責任な精神にあるとすれば、社会と自分(たち)の関係を対象化する回路を閉ざしたまま。原発を産んできた社会を崩すことはできないclip

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