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音楽

2019年1月 1日 (火)

2019 ニューイヤーコンサート ~ ウイーンフィル

今日は2019年の初日。 例年ながら、昨夜のNHKのくだらない唄番組とは打って変わって元旦のEテレは楽しみである。

金箔の天井にシャンデリア・・・・生花のデコレーションも、現地に行ったつもりになる。今年の指揮者はクリスチャン・テイーレマン、初登場。

来年の指揮者はラトビア出身の若手、アンドリアス・ネルソンに決定。

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演奏者の表情や楽器類がアップで見ることができ、とにかく楽しい。
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00000006039907_a01       先ほどのライブ放映のDVDが23日には発売になる


2018年12月30日 (日)

デカダンスの美 ~ ダミアを聴く

ダミア(1892ー1972)は自分が、まだ人生に未熟だった若い頃、気になったシャンソン歌手の一人だった。 大御所、エデット・ピアフの先輩格、15才で家出して、路上で唄っていたらしい。

特に、「暗い日曜日」「人の気も知らないで」が印象深い。 

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暗い日曜日♪人の気も知らないで♪街♪真夜中の居酒♪異国の人♪云わないけれど♪かもめ♪瞳に太陽・・・・・・・

歌詞の内容はひたすら暗い! それなのに、日本の演歌と比べると、恨みや不幸を他に訴えるのではなく、個人の問題としているので、グチっぽくない。

1950年代に来日し、各地でコンサートを開いている。 「足袋」を気に入って愛用していたというエピソードがある。

昨今、日本もかなり暗くなってきた。録音効果の悪いダミアを聴いて、心を洗うのも良いかも知れない。

2018年10月 3日 (水)

アズナヴール 永遠に!

10月1日、アズナヴールが逝った。 94才。 大げさに言えば、人生の一部のようなものだった。 来日するごとにコンサートへ出かけ、レコードを買った。 だからと言って、握手をするために、舞台へ駆けあがることはなく、静に、じっと聴いていたかった。

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初めてのコンサートは日比谷公会堂、前から三列目、自分のために唄ってくれているような錯覚を覚えた。

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今年の5月に来日ということだったが、旅行へ行くので断念。 旅先のアルメニア(アズナヴールの祖国)でコンサートはキャンセルになったと地元ガイドが言っていた。 腕を骨折して長時間の飛行を禁止されたのだとか・・・・9月17日に来日。もはや空席はなく再び断念。高齢ながら現役は嬉しいけれど、心配でもあった。いずれ、このような知らせがあるだろうことを想定していたのだが・・・・残念。

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スケジュールを調べてみると、ヨーロッパでは月に2回のコンサートをこなしていたようである。    現役のまま突然逝った、実にエネルギッシュ、ブラボー!。 しばらくは、彼の唄を聴きながら冥福を祈りたい。

彼が生み出した名曲は永遠に唄い繋がれて行くことだろう 

2017年11月29日 (水)

 『別れの曲』 ~ 12人のピアニスト

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兄が逝って、2か月、遠い過去の色々なことを想い出す。子供の頃、オルゴールを買ってもらった(多分初任給)。黒塗りの玉手箱のような箱を開けると流れた曲はなぜかショパンの「別れの曲」

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図書館のライブラリーでワイセンベルグを検索したら、目面しいCDを見つけた。 往年の名ピアニストたち12人が演奏している「Chanson de l'adieu」(永遠の別れの唄)。 果たして、聴き比べてみても一向にその差がわからない・・・ほとんどの皆さんは、すでに天国へ召されている。

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               クラウデイオ・アラウ             サンソン・フランソワ
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        アレクシス・ワイセンベルグ             ジョン・オクドン
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           ダニエル・ラヴァル

2016年12月24日 (土)

クリスマス イン ウイーン 1994

こんな素敵なコンサートだったら、1994年にタイムスリップして行ってみたかったなア~と思わせるCDを年賀状を書きながら聴いている。 

今日は12月24日、西洋では年に一度の静かな夜を家族とともに過ごす日、クリスマスプレゼントも、七面鳥の料理も滞りなく準備されたことでしょう。

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出演は世界のテナー、プラシード・ドミンゴとノルウェイーのシセル・シルシェブールそしてシャンソン界の大御所シャルル・アズナヴール。 果たして3人の個性は反発しあわないのだろうか?という心配をよそに、ドミンゴの浪々としたテノールとセシルの透き通るクリスタルヴォイスそしてアズナヴールの嗄れ声がウイーンフィルを背にごく自然にハモッテいる。

ドミンゴがアズナヴール曲の「アベマリア」を唄う・・・実に心地よいクリスマスソングに聴き惚れてしまう。

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                 わが家のサンタも健在

2016年6月21日 (火)

『ラストコンサート』 ~ アズナヴール永遠に

6月16日: これぞ最後のコンサートだろうと雨の中をNHKホールへ。昔のように、ワクワクはしなかったものの、どんな「唄=作品」を演じてくれるのだろうか、声の衰えは大丈夫か、舞台で転倒などしないだろうか、と心配のほうが先に立つ。 ワタシのアズナブールも御年92歳なのだから・・・。

ラストコンサートは73歳の厚生年金ホール、83歳の東京フォーラム、今回のNHKホールと3度目。 もしかしたら、白寿のコンサートも?

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満席の観客を前に、現れたのは昔と変わらないアズナブールだった(席が遠かったので顔の皺は見えない)。 確かに、以前に比べれば、音程がイマイチ、声の伸びないことはあっても、幕間もなく、一気に歌い上げて、あっという間のラストコンサート。 胸が熱くなった。それを「奇跡」という人もいた。 

しゃがれ声で、唄い演じる。舞台に消えてしまいそうな、シックないでたち、しかし椅子に座って唄う時、靴下の赤がチラッと見える。 途中で上着を脱いだ時の赤いサスペンダーが「粋」 ステップを踏みながら舞台のそでへ消えて行った。 拍手喝采ブラボーが飛び交う。 花束が次から次へ・・・

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開演30分前:入り口にはすでに老若男女の列が。 二階席までS席。VIP席は発売同時に売り切れ。それもそのはず、芸能人であふれていた=ズルイ!

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          ああ、まもなくアズナブールに会えるのだ・・・

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1924年、パリ生まれ。両親はジョージア(グルジア)とアルメニア(トルコ)からの移民。 母方の祖母はトルコで亡くなったという。 子供のころから舞台に立った生粋の芸人。 エデイット・ピアフに見初められ、育てられたのは有名な話。

シャンソンの魅力はパリの異邦人(移民・難民)を受け入れた土壌に育まれたところから生まれた詩(ポエジー)にあると思う。

シンガーソングライターであるアズナヴールの作品は永遠に唄い繋がれて行くことだろう。

ファーストクラスでゆったりとパリへ帰って欲しいわ~」という声が聞こえた。彼のファンはとっても心が熱いのである。 

 ♪ 梅雨の宵青春唄ふアズナヴール ♪ 

2015年12月17日 (木)

『トルコの風コンサート』 ~ アラトウルカレコード

14日: 浜離宮朝日ホールでの日ト友好125周年を記念した、「トルコの風コンサート」へ。スポンサーはトルコ航空。

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                                      Photo by AlaturkaRecords

♩アラトウルカレコード♩ はオスマン古典音楽の演奏をするプロのグループ。 ウード、ネイ、等、当時の楽器とヴァイオリン、チェロ、クラリネットなどを加えた楽団と唄で、エキゾチックな音楽で会場を魅了。 

稽古と口伝により継承されていたのが、楽譜として採譜されたのは19世紀半ばとのこと。音大卒のメンバーで構成されていてレベルはかなり高い。

日本の三味線+尺八+小太鼓とのコラボは正に友好的!中でも、3.11震災応援歌の「花は咲く」を歌詞の内容を把握して、泣きながら歌ってくれたシーンには感動!(NHKの義理唄とは全く違う)。 ふわ~っとトルコのあたたかい風がホールを吹き抜けた

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撮影可なのに、うっかりカメラを忘れてしまって残念無念! ガラ系の携帯で撮ったらこんな感じ・・・トルコと日本の国旗が揺れていた。

実際に聴いてみたい場合はこちら ⇒ http://www.alaturkarecords.com/video.php

2014年9月26日 (金)

健在! ミシェル・ルグラン

眠れないので深夜のBSのスイッチを入れたら、ミシェル・ルグランナタリー・デセイのヴェルサイユ宮殿でのコンサートが放映中だった。

 

020_3ミシェルルグランと言えば、フランスミュージカルでおなじみ、「シェルブールの雨傘」や「ロッシュフォールの恋人たち」他にも「おもいでの夏」「愛と哀しみのボレロ」「栄光のル・マン」エトセトラエトセトラ・・・・我青春の1ページを想い出させる映画作曲家でもある。思いがけず、健在ぶりを発見できてウレシイ!

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              宮殿庭は夕暮れが迫り、夜になる・・・・・・・

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           82歳の現役が時折唄も披露しながら鍵盤に指を走らせる

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    共演のソプラノ歌手、ナタリー・デセイ(Nathalie Dessay)、その美しさにもうっとり

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ハイライトは「シェルブールの雨傘」のデユエット、アメリカとは一味違うオトナのコンサートを堪能、気が付くと夜が明けていた。

2014年5月15日 (木)

名器 『ダヴィドフ』 は今・・・

♪「ヨーヨー・マ」に貸与されているようですよ♪とのコメントあり。 

さっそく手元のCD「ヨーヨー・マ・ベストアルバム」を確認しても「ダヴィドフ」の言葉は全く出てこない。

チェロを弾く彼のポスターが添付されていたので、ジャッキーの写真と比較してみるのだが・・・・・・同じようでもあり、ちがうようでもあり・・・・。 かなり年季が入っていることだけは感じられる。

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                  ♪果たして、ダヴィドフ・・・♪

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                                                                              wikipedia

ストラデヴァリ(1644-1737)ってどんな人物だったのだろう? いつかクレモナへ旅してみたいものである。

2014年5月12日 (月)

ジャクリーヌ・デユプレのチェロ

ジャクリーヌ・デユプレ(1945-1987)はチェロを弾くために生まれたとデビュー以来絶賛をあびるも、71年多発性能脊髄硬化症に襲われ、活動中止を余儀なくされた。 日本演奏もキャンセル。

ストラデイ・ヴァリウスのチェロ(ダヴィドフ)を抱えての演奏旅行はかなり体力のいることだったであろう。 エルガー(威風堂々で有名な)のチェロソナタは彼女によって息を吹きかけられたと言われ、巨匠、カザルスの感涙を誘ったそうである。

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狂ったように激しくチェロに挑みかかる。身をかがめて弓で猛烈な強打を浴びせ、うしろにのけぞって繰り返しチェロに迫る・・・・小麦色のたてがみが激しく揺らいだ・・・・実物を見たこともないのにコンサートで聴いているような気分。 

夫であるバレンボイムのピアノが邪魔にすら感じる。彼女のチェロだけを聴きたい。 

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伝記「ジャクリーヌ・デユプレ」青玄社の著者キャロル・イーストンはジャクリーヌの肖像を正確で完全なものにすべく、情報収集に撤し、幼年時代から42歳で生涯を終わるまでの様々な部分に光を当てている。

神童(天才)特有の精神的バランスに欠けていたせいか女学生のように無邪気な面があり、結婚時に夫の宗教であるユダヤ教に迷いもなく改宗、イスラエルでの活躍も多かった。日本での演奏を実現して欲しかった幻のチェリストである。

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                          (du Pre & Brenboim: ベートーベンチェロソナタ CDジャケット)

         ♪今、彼女のチェロであった名器「ダヴィドフ」は誰が弾いているのだろう・・・♪

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