『孫による解説』 ~ 牛島満と沖縄戦
8月は広島・長崎・敗戦記念日・・・と近代史をひもとくチャンスではあるが、なかなか点と点が線にならない。
身内に著名な人物が存在することは自慢できる名誉かもしれない。しかし、戦時中の英雄と戦犯のはざまにあるエリート軍人たちの子孫にとってはどうだったのだろうか?といつも気になっていた。
8月7日:立川市女性総合センター「アイム」で牛島満の孫、牛島貞滿氏の講演会があった。猛暑中、老骨に鞭打って出かけた。
祖父が自決した日と伝わる6月22日には一家総出で靖国神社を参拝していた。文献を読んで沖縄戦や司令官としての祖父を知り、周囲の評価とのギャップに疑問を抱くようになった。祖父は沖縄本島南部へ撤退し、持久戦を続ける決断をした。その結果、多くの住民が犠牲となった。
小学校の教員になると、戦争を体験した先輩教員たちは「おじいさんは偉かった」「(沖縄本島)南部への撤退は、当時としては仕方がなかった」と祖父の決断を擁護した。
長年、沖縄に行くことを避けた。「祖父のことをどう思うかと問われるのが怖かった」。初めて沖縄の地を踏んだのは40歳。糸満市の平和祈念資料館には、祖父が自決直前に出した最後の命令が展示されていた。
添えられた解説文には「牛島司令官の自決が戦闘の終結ではなかった。この命令で最後の一兵まで玉砕する終わりのない戦闘になった」と記されていた。
持久戦=皇土(本土)の防波堤=本土決戦準備の時間かせぎ
沖縄にも平和公園がある。聞けば聞くほど沖縄を知らなかった無知な自分を発見。
<最後まで敢闘し、悠久の大義に生くべし>とは天皇のために死ぬということらしい。
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