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2021年9月

2021年9月28日 (火)

やかましい! ~ 『秋の蝉』

つい先週のこと。 我が家のベランダから凄まじい蝉の声。 一体何匹で鳴いているのか・・・と窓を開けたら。 たった一匹! 手すりにしがみついて必死で鳴いていた。

田舎で子供時代には蝉は木の上で何匹もで鳴き合うものだと思っていたのに、驚いた。

 

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鳴き止んだと思ったら、ひっくり返ったので起こしてやったら、飛んで行った。 コレハ油蝉なのか?

 

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さすがに、もう蝉の声は聴こえない、代わりに夕方には虫の声が聴こえる。やはり、合唱ではなくソロなのかも知れない。本格的な秋になったけれど、「総選挙」と「圭さま」ニュースにはウンザリ。マスコミは他にすることないのか?やかましい!

 

 

2021年9月21日 (火)

『イタリアの匂ひ』 ~ 須賀敦子

何事も億劫になって、外出もしたくないというのは単にコロナ禍のせいだけではなく、老境になったからではないかとつくづく思う。過去を振り返ることが多くなった。幼少期、親の事、青春時代、さまざまなことを想い出す。変貌してしまった過去の場所、逝ってしまった人のなんと多いことか。

20代の半ばに差し掛かったころ、フィレンツエに憧れてしばし滞在したことがある。三島や、あさま山荘、テルアビブ、ミュンヘンオリンピック事件、そして川端康成の自死等々日本のニュースとして印象深い。 散歩がてらの書店で手にした日本文学の訳本はまだ見ぬ須賀敦子によるものであった。

彼女の本は殆ど網羅していると思っていたのだが、 急に須賀敦子に逢いたくなって、図書館ライブラリーにアクセス。2冊が目に留まった。

 

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本著は川上弘美選の精選女性随筆集の1冊。

再び出会った須賀敦子、イタリアの香りが満ち満ちていて、懐かしい。 中でも後に夫になる、ペッピーノ氏に向けた私信は没後ならではの発表であろうが、とても純粋で繊細、まるでアンネの日記のような感じもする。 勿論、手紙はイタリア語で書かれたので、岡本太郎氏が翻訳している。

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1965年、須賀敦子編訳による「日本現代文学選」がイタリアで出版された。ジョルジョ・アミトラーノ(ナポリ東洋大学教授)によれば、

彼女は作家になるずっと前から、もともと作家だった。彼女が話すとき、それが日本語であろうが、イタリア語であろうが、あるいは英語であろうが、聞き手は同様に理解できることだった。彼女のストーリーテラーとしての才能が、優れた作家としての資質がすべて揃っていた。

私は日本文学の教師になって以来、「日本現代文学選」をつかっている。翻訳された言語はまだ時間の跡を見せないし、小説の選択も古臭くない。この本がまさに新鮮さに溢れている証拠だ。須賀さんによる、その短い解説は、あらすじを漏らさず、ネタバレもせず、ストーリーの文脈を説明し、理解を手伝うためのヒントを読者に与えている。

収録作品

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今はどこにでも苗が売っていて、すっかり馴染みになったバジルだが、「イタリアから苗や種を持ってきてもなかなか生育ができないのよ」・・・と言っていたことを想い出した。

 

 

2021年9月 7日 (火)

♪ オルガンとテノールの響き ♪ ~ 東京オペラシテイ


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コロナ禍で燻っている日々。ヴィジュアル・オルガンコンサートの誘いがあった。本当に久しぶりのコンサート、それも昼間だから、ホイホイと出かけた。 オルガニスト:川越聡子、 テノール: 大槻孝志

 

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舞台には大きなパネルが設置。演奏者は舞台の上、後姿しか見えない。3列もある鍵盤をどのように弾くのかは聴衆の想像力に頼るしかないところを、パネルには演奏や操作の様子、足鍵盤の動きなどが映し出される。 

トッカータとフーガなどは足鍵盤の左右を目まぐるしく動く。こんなにも足を駆使する楽器だったとは驚き。とてもハイヒールでは演奏不可、しっかりした靴でないとムリ!

アヴェマリアはグノーやシューベルトが有名だけれど、サンテイアゴ(フィリピンの作曲家1869~1947)のアヴェマリアも地味でホールにはふさわしいと思った。

 

 

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まるで教会のごと、木の匂いが感じられる荘厳な空間はオルガンのための部屋。 建築者は柳沢孝彦:1996年8月8日オープン。もう25年の月日が流れている。当初、オペラハウスができるのかと勘違いしていた自分が居た。

最後の曲は武満徹(谷川俊太郎詩)の「うたうだけ」

 

 

 

2021年9月 2日 (木)

助かるはずの命が助からない現実

この1年半、他人事と思わせられてきたコロナ罹患はごくごく身近になってきた。 救急車の音を聞くと、コロナかと思い、最近顔を見ないな?と思うとコロナかと・・・・。コロナで入院したと聴けば重症に相違ない・・・夜の街!と攻め続けてばかりいられない。子供の現場にも蔓延の兆し。世界はコロナ戦争真っただ中。 一刻も早く野戦病院を設置すべきなのに、後手後手になっているのはなぜか??? 深~い訳がありそうだ。川口は安行に住む友からメールが届いたので掲載:                                    4496218

8月が終わる。コロナにかかっても、入院もできず自宅に放置されている人。助かるはずの命が助からない現実。コロナで仕事を失い、収入がなくなった人。
私は、不安や憤りを言葉に表せないもどかしさの中で過ごした夏だった。
そんな中、東京新聞(8月11日)のジャーナリスト・吉田千亜さんの記事に共感したので、一部を紹介します。

コロナ禍における五輪開催は、福島原発事故の構造に似ていた。人々を「安心・安全」で騙し、調査(検索)せず、責任の所在を曖昧にし、誰かの命が脅かされても「自己責任」で片付ける。この国は、失われる一人ひとりの命に対する想像力が絶望的なほど欠落している」

「感染者数が過去最多、医療崩壊の報道のあと、『さて』という接続詞だけで『メダル』が報じられた。『さて』だけで誰かの『死』を一瞬で忘れる。『死』と『歓喜』とが同時に報道される異常な世界だった。その次の『死』は自分かもしれないのに。」


命に対する想像力…諦めずに持ち続けていきたいと思う。
ニュースで臨時国会は開かないと流していた。憲法に従い、内閣は臨時国会を開かないといけないのに! (安行ポレポレ通信)

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