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2020年2月 3日 (月)

中村哲先生をしのぶ会

一昨日の夕方は12月、アフガニスタンで銃弾で倒れた、中村哲さんをしのぶ会が開催されました。練馬区文化センター小ホールは満席!600人の席に1500人が押し掛けました。練馬での過去の講演会も長蛇の列でしたが、スゴイ人気です。

映像で生前の姿や現場の風景を見ながら、世界は偉大な人を失ったのだ・・・と胸が熱くなりました。

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ペシャワール会報の号外にはご家族のコメントも掲載されていました。

尚子夫人:

いつも頭の片隅で案じていたことが、現実となりました。結婚して間もない頃、「自分は、医療の足りないところで働きたい」と言っておりました。ゆくゆくは医療の行き届かない離島や山村に行くことになるのかなと思っておりましたが、パキスタンのペシャワール・ミッション病院に赴任することになりました。7年間家族で過ごしました。長女が十歳になったころ、私と子供たちは日本へ帰りましたが、主人は単身で日本と現地を行き来する生活が始まりました。(略)今後も変わらず日本の支援が続き、現地の人々とともに活動が継続すると事を願います。

長男 健さん:

20歳になる前はいつも怒られていました。「口先だけじゃなくて行動に示せ」言われていました。「俺は行動しか信じない」と言っていました。父から学んだことは、行動で示したいと思います。

長女 秋子さん:

父は現地での危険な話はあまりしませんでした。話さなかったのは父の思いやりだったと思います。父と離れて暮らしていても、寂しいとか、ほったらかしにされていると感じたことは一度もありませんでした。それは家族を大切に思う父の気持ちを感じていたからだと思います。今回、アフガニスタンまで父を迎えに行きました。大統領ご夫妻、政治要人の方々から直接のご忌意、父がみんなに愛されていたと繰り返しおっしゃってくださるアフガニスタン大使、アフガニスタンのカーム航空が飛行機の尾翼に父の肖像画を描いてくださたり、ろうそくをともして追悼してくださる大勢のアフガニスタンの皆様、皆さんがこんなに父のことを慕っていて下さったのだと、身にしみました。それは、父が支援うを続けてきたことをアフガニスタン国民の皆様が評価してくださり、真心を受け入れてくださった証だと思います。父を支えてくださった全ての方に感謝しています。

 

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壇上には写真だけが微笑んでいました。加藤登紀子さんも駆けつけて「死んだ男の残したものは」を力強く唄ってくださいました。彼女は、同じステージで「哲さんってカワイイ!抱きしめたい!」と言ったことがありました。 哲さんは照れ臭そうに笑っていました。まるで昨日のことのようです。

 

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会場に飾られていた白いストックとダリアをいただいて帰りました。 ぐったり、しおれていた花は翌日ピンと蘇りました。哲さんも蘇ると良いのですが・・・ご冥福を祈ります。

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