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2012年5月20日 (日)

みなみ相馬の風景 ~ 3・11以前

この「絵」は4月14日南相馬市「さくらホール」のロビーに飾られていたもの。本来あるべきのどかな田園風景、作家名も記録せずカメラに収めてしまった。山の彼方から『相馬盆唄』が聴こえ、野馬追いの馬たちが走って来るような・・・・。

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飯舘村は、福島第一原発から約40キロ~50キロ圏内にありますが、猛烈な汚染を受けてしまっていたのです。一方で南相馬市は20キロ圏内にあります。人々は避難しろといわれて逃げましたが、逃げた先が飯舘村だったのです。飯舘村に逃げてしまったがために、本来なら防げた被曝をしてしまいました。日本政府の判断というか指示の間違いのために、危険にさらされてしまった人が沢山でてしまいました。 (小出裕章)

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旅の風景」カテゴリの記事

コメント

つばきさん お久しぶりです

熱いコメント有難うございます。 実は私の故郷も50キロ圏内ですが、風向きでコールドスポットになり、飯舘村のような惨事になるのを免れました。 定年後、気になっていた「原発」の学習を始めた矢先の事故で、なぜフクシマが?という思いと日本の「平和ボケ」には自分を含めて反省しなければ・・・と強く思いました。 と言っても自分のできるささやかなことをするだけですが努力したいと思っております。

来月は山形(鶴岡・酒田)へ旅をする予定、ブログ掲載しますので今後とも応援してくださいね。

いつか老鴉柿の記事でコメントをさせていただいたことがありましたつばきです。
お久しぶりです。

飯館村に関する記事を拝見いたしまして、色んな事を思い出していました。
私の実家は山形県の南部、米沢市に隣接するところです。
福島の原発の問題は他人事ではありませんでした。

私は建築業に従事しています。
とある現場で福島出身だという若者といっしょだったのですが、彼は飯館村の出身でした。
普段なら東北出身の人がいると気軽に声をかけて、同じ東北の出身というだけで仲良くなれるのですが、あまりにお気の毒で、何と声をかけてよいか分からず、田舎の話題でお話はできずにいました。
まわりの仲間づてに聞いた話では、震災の後に関東に引っ越してきて今の仕事に就いたのだそうです。

テレビの番組で、飯館村のことを取り上げていました。
懐かしい東北の景色、のどかな時間の流れ・・・
放射能は目に見えず、においもなく、なぜこんなきれいなところに人が生活できないのだろうと思ってしまうほどでした。

放射能で汚染されてしまうと元に戻るのに気の遠くなるような年月が必要と言われています。
きっと彼の故郷も、彼が生きている間は二度と戻ることができないのだろうと思うと、本当に気の毒に思えてなりませんでした。

原発が止まってしまうと電力が不足するので稼動させたい人たちがいるようですが、目先のことだけではなく、地球人として、世界中の人たちが安心して暮らせるような環境のことを考えて欲しいと思いました。

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