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2017年11月22日 (水)

"藍玉で財を成した” ~ 深谷市のシンボル

川越の友人が、深谷市の渋沢栄一の生地を案内してくれることになった。  

江戸~明治~大正~昭和と日本近代化を走り抜けた偉人の原点。 まずは、栄一の従兄で論語の師匠でもある尾高新五郎宅を見学。江戸末期の建物で40年前まで子孫が住んでいたという、現在は深谷市に寄贈。 利根川氾濫時の床の跡や、倒幕密談をしたという部屋など。

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片隅に、乾燥した「藍玉」とレンが展示されている。藍玉にはすでに菌はなく触ってみたがかなり重い。 子供時代、栄一は父親とともに藍玉を背負って注文を取り歩いたという。子供ながらに専門知識を踏まえて商才があったらしい。

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                典型的な養蚕農家の尾高宅

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青い目の人形

1927年、軍国主義が台頭する中、米の宣教師と日本の実業家(栄一)との合意で平和と友好のシンボルとして12000体の人形がアメリカから送られた。残念ながら鬼畜米英主義で殆どが燃やされてしまったが、唄だけは残った。(作詞:野口雨情)。

♪青い眼をした
お人形は
アメリカ生れの
セルロイド
日本の港へ
ついたとき
一杯涙を
うかべてた
わたしは言葉が
わからない
迷ひ子になつたら なんとせう
やさしい日本の
嬢ちやんよ
仲よく遊んで
やつとくれ♪

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  明治23年に建てられた栄一の実家(先ごろ、天皇御夫妻も訪れた)

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公民館前の銅像: 当初深谷駅前に建っていたのだが、巨大すぎて足元しか見えないので移動したそうである。 身長150~156センチというので、6センチの誤差はマゲの高さだったとのこと=カワイイ

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                                         Before & After

1867年、ナポレオン三世の開く博覧会へ徳川昭武に随行し、渡欧。通訳はあのシーボルト。滞在中に、徳川幕府の倒れた報を受け、急きょ帰国を急いだ。マゲは巴里でちょん切ったそうである。

銀行・大企業・大学等々設立に尽力を注ぎ、先見の明ある偉大な人物として身近に感じるのだけれど、江戸末期に生れ、漢学論語に精通、政治にも宗教にも間隔を置き、最後まで実業家を貫いた。今の日本に存在したらどんなことを考えるであろうか?

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末息子、渋沢秀雄氏の著「渋沢栄一」は親としての談話などが掲載され、とても興味深い。 尾高宅で密かに売られていた(1冊150円也)。

あやかって、論語でも読んでみようか・・・・と思うのだが、「論語読みの論語知らず」になることは見え見えである。

2017年11月11日 (土)

"ハマのメリーさん”

「娼婦」という名には哀愁や文学を感じるのはなぜだろう・・・・

すでに風景の一部だったとも言われている、知る人ぞ知る「ハマのメリーさん」の存在を映画を見るまで知らなかった。

メリーさんは横浜の街に立っていたアメリカ将校相手の娼婦だった。晩年は白いロングドレスをまとい、すり減ったヒールを履いて背中を丸め、顔は白塗り、ありったけのモノをガラガラ手押し車で押しながら移動していた。 そのいでたちから元伯爵だとか…いろんな噂が流れていたらしい。

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彼女を素材として撮影してきたカメラマンと彼女とかかわりのあった、美容師、ゲイのシャンソン歌手などの聞き込みでまめたドキュメンタリー。

白塗りで歩く姿はまるで土方巽の「舞踏」のごとく、まるで仮面をかぶって変身したかのようである。 プライドが高く、はだかのお金は決して受け取らなかったという。 1995年突然消えたメリーさん。 

何であの人は、凛としたまなざしをもっているの?何であんなに背骨は曲がっていても、胸を張っているの?

映画の中で流れる伊勢佐木町ブルースがぴったり相まっている。

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                                                                                      (撮影:森日出夫)

かって、イタリアに滞在していた時、下宿の窓から見える路地に立っていた女性がいた。時々、男が車で寄ってきて何やら話のあと、一緒に乗り込んで行った。 時には、カフェで珈琲を飲んでいたが、冷ややかな視線をものともせず、実に堂々としていた。

パリでは「売春婦組合」もあってストライキもするという話を聞いたことがある。日本でも「吉原」という合法的な遊郭があった。それを禁止したのは市川房江だと恨み節を言っていた男もいたっけ・・・

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2017年10月24日 (火)

『トーマス・マンの亡命日記』をひもとく

わが家の猫が夢中で読んでいた本は文豪、トーマスマンの亡命中の日記を解説した池内紀著の中公新書本。 妻がユダヤ人であり、ナチ体制に批判的だったマンはついに、母国から「排除」を余儀なくされ、20年にも及ぶ亡命生活。その間、講演やラジオを通じてヒトラー打倒を訴え続けた。

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マンの日記から彼の交友関係や当時の状況をひもときながら、現代史を覗いてゆくのはとても興味深い。 ネットなどがない時代に、世界情報をキャッチするアンテナの高さに敬服。日本の二・二六事件にも言及している。

clipマンには日本のニュースに人一倍の関心を持つ個人的な理由があった。妻カトヤは男女の双生児に生まれ、男の子のクラウス・プリングスハイムは音楽家として知られ、招かれて1931年より東京・上野の音楽学校の教師をしていた。スイスの新聞で「日本の首都でクーデタ」の見出しを目にとめたとき、まず真っ先に妻の兄弟を思い、安否を気遣ったはずである。clip

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あああ、マンの作品をもう一度読み直したい。若者よ!お願いだから読んでみて!・・・と懇願するのは老婆のたわ言なのだろうか。

★ それにしても我国の宰相人気は何なんだろう?解せない。

 

2017年10月11日 (水)

『恨』を舞ふ

         恨を舞ふ震災記念日のチョゴリ (宏翁)

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この句にはガーンと引き込まれた。震災記念日は多々あれど、コレハ1923年の関東大震災を詠んだものだとわかる。 史実をふまえて想像するに、日本の反省材料になるべきことと痛感。 「恨」を韓国語では「ハン」と読むのだそうである。

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宏翁氏が見つめた現場では:

地下鉄両国駅から横網公園までの途中、コリアン団体や労働組合いなどがマイクで小池批判を叫び、ビラを配っていた。

日本庭園の片隅では十人ほどの在特会「そよ風」「朝鮮人の死は正当防衛、虐殺はなかった」の幕をかかげ集会を行っていた。慰霊堂には法要参加予定の知事の姿はなかった。

両国駅では若い女性が「小池知事は歴史から目を背けないで」と叫んでいた。


 

 

2017年10月 5日 (木)

屋上の秋桜

10月2日:ねりま9条の会メンバーのKさんがボランテイアで手入れをされている施設の屋上ガーデンを見学させていただきました。 場所は社会福祉法人、特養ホームの「創生苑」。 

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              空から見るとかなり広いスペース

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        夏場は朝夕の水遣りが大変!本当にご苦労様

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          まるで、田舎の田園風景のようなビルの屋上

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          懐かしい!アカマンマも紛れ込んでいました

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70歳前後の仲間たちといずれお世話になります、とスタッフに挨拶したら、皆さん方はムリデス! 要介護3以上でないと入れません、それも順番待ちです!とのこと。   今や日本はさまよえる老人たちで溢れています。老人も自立しなければならない・・・せめて、選挙権を行使しましょう!

2017年9月30日 (土)

銀座のレトロな建物と言えば ~ 奥野ビル

銀座で1932年建築の高級アパートと言えば、知る人ぞ知る「奥野ビル」。現在はミニ画廊の集合ビルとして知られるが、過去には西城八十など、そうそうたる方々も住んでいたという。

設計者は同潤会アパート建築部所属の川元良一。

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20年ほど前、知人の個展で訪ねた折には、住民のおばあさんの姿が見受けられたが、現在は住居として賃貸はしていないとか。

共同トイレ、地下には共同浴場、エレベーターは今でも稼働しているが、文字盤が動く、ヨーロッパ調。

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玄関入り口は骨董屋らしい・・・・どことなくミステリアスで異国的。80年経過のビルがレトロと言われると、ヨーロッパなどのビルは軽く200~300年は経過しているのに、驚きもされない。  

因みに、このビルも焼夷弾を浴びなかったということは、米軍としても利用価値を認めていたのかもしれない。 いかにせん、6畳や4.5畳のミニ部屋は使い道がなかったのだろう。

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階段もテロテロ・・・中二階式で、探検したら面白そうだ、お化けがでるかも・・・。















2017年9月18日 (月)

『満州』って何?

まだ幼い頃、満州育ちの母はよく満州の話をしていた。 主に女学校時代のことが多かったが、当時の中国人や満鉄の話もしていた。日本のことを「内地」と呼んでいたのも不思議だった。

満州って地図にも載ってないし、どこにあるの?と聞いたことがある。今の中国だと母は答えたが、その後、中学でも高校でも満州のことを学ぶことはなかった。 卑弥呼や聖徳太子のことは丁寧に学習するのに、こと近代史になると駆け足で通り過ぎた感じがする。

いつかはっきりと「満州」について知りたいと思う気持ちが募っていたのだが、本著を読んでやっと辿り着いた思いがする。 史実を踏まえた上で、名画「ラストエンペラー」などを観るとより深い理解ができ、満足度がアップする。

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プロローグ

「満州」という言葉を聞いてどんな風景を思い浮かべるでしょうか。ーどこまでも続く地平線、果てしなく広がる大豆畑ー

「満州」ーそれはユートピアの名であり、血塗られた大地の名でもあります。「植民地」ーこの言葉を今私たちは遠い世界の言葉、他人事のように効いていますが、何を隠そうわずか70年前、日本はこの満州を植民地にしていたのです。

雪玉は誰にも止められぬ雪崩となった

大日本帝国を太平洋戦争に招いたものは、暴走して泥沼化した「やめられない」日中戦争。 日中戦争が解決できないから、やけっぱちになって、アメリカやイギリスに戦争を仕掛けた。

その日中戦争を招いたのは満州事変であり、満州国の存在。 日本人は皆で歯を食いしばり、奮闘努力して、ろくでもない方へろくでもない方へと進んで行き、あっという間に、沖縄戦という悲劇を招き,都市という都市をナバーム弾で焼かれ、原子爆弾による攻撃を受けた。

満州の崩壊ー脱植民地化へ

日本は立場主義。 「私はそのときの立場に従って役を果たしただけだ」 「その立場に立てばだれでもそうするだろう」「国策に反することは立場上できない」・・・とまるで、アイヒマン。そう考えるのであれば、学ぶ・教わる必要もないし、学ばせる・考える必要もない。

そして現在も

言うことを聞かなければ、補助金を貰えない・言うことを聞けば使い切れないような補助金が降ってくる。 

今、まさに原発立地でも核廃棄物処分問題でも沖縄基地問題でも。飽くことなく繰り返されている日本政府の、つまり立場主義者たちの、18番の手法である。

2017年9月 9日 (土)

『静かなる情熱』 ~ エミリ・デイキンスン

エミリ・デイキンスンEmily Dickinson(1830-1886)はアメリカの詩人であることは知っていたものの、その作品と人物についてはボンヤリ。 自然、信仰、愛と死をテーマにした作品は生存中は無名であった。

100年前のアメリカ人がこんなにも美しい英語を話していたのだろうか(たとえ、上流家族とはいえ)と驚き、映像もイギリスらしく丁寧で美しい。 彼女の個性と生きた時代を振り返りながら後味の良い作品に収まっている。英語の語学教材としても優れた映像ではないだろうか…などと思いながら、うっとり。

彼女の病気を医師がブライト病と診断する場面がある。今でいう腎臓疾患だったらしい。静かなる情熱を秘め、生前は作品を評価されることもなく自宅に閉じこもりながらの詩作。 かなり気難しい性格だったようだ。

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改めて、彼女の詩に触れてみたくなって、早速、図書館へ申し込んだ。

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          Water is taught by thirst;
                   
          Land, by the oceans passed;           
          Transport, by throe;
          Peace, by its battles told;        
          Love, by memorial mould;

            Birds, by the snow.

            水は 渇きによって 教えられる        

            陸は 渡ってきた 大洋によって
            恍惚は 苦悶によって
            平和は 語られる戦闘によって
            愛は 形見の肖像によって
                 鳥は 雪によって

                               出典エミリー・ディキンソン

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監督・脚本: テレンス・デイヴィス

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主役: シンシア・ニクソン

2017年9月 1日 (金)

『長月』 ~ 秋のはじまり

イヨイヨ秋、暑い暑い・・・とだらだらした生活に終止符を打ち、身が引き締まる季節であるはず。ネットの時代とは言え、世界中が異常気候やらテロなどにに悩まされ、世界同時危機にさらされている現実。ボタン一つで買い物も振込もそして戦争だってできる。 

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窓から見える空も秋の風情。まだ残暑が戻ってくるとしても、2017年の夏もオワリ・・・政治も何かと問題を提供してくれましたが、このまま忘れてしまうのでしょうか。

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   玉の汗今治タオルもて吸わん

今治タオルってふわふわで吸収力抜群!大好き!今夏はタオルケットもゲットしました。 とっても心地よいです。 こんなスグレモノが存在するのだから獣学校ナンテ建てなくても良いのに・・・。

  熱帯魚トモミてふ名で呼んでみる

トモミって? アアアアアあの伊達メガネとエクマツの・・美容に目覚めた政治屋ネ。弁護士の資格って難しいいハズなんだけど、コネでもつかったかな? あの顔で日本会議の重鎮らしいからネ。

2017年8月30日 (水)

外国人がいっぱい! ~ 雷門

久しぶりに浅草寺へ。 入口の雷門は健在だけれど、なんという人込み!  まるで中国か台湾の寺に行ったような気分。言語の違うお上りさんたちで一杯。 子供のころから想い出の多い場所ではあるけれど、もう来るのは辞めよう!と思った。

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                自撮りする人がウヨウヨ。
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提灯に近づいてみると「松下電器」とある。 大提灯は1865年焼失。  1960年松下幸之助が寄贈し、以後10年ごとに新しい提灯が奉納されているという。さすがに、パナソニックとは書けないわけだ・・・。

路地を入った老舗の「大黒屋」で天丼を食べた。

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